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明治30年代の前半において、新派和歌の運動が相次いで起ります。その代表的なものが、
| 流派 | 代表 | 結成 |
|---|---|---|
| あさ香社 | 落合直文 | 1893年(明治26年) |
| 竹柏会 | 佐佐木信綱 | 1898年(明治31年) |
| 根岸短歌会 | 正岡子規 | 1899年(明治32年)3月 |
| 新詩社 | 与謝野鉄幹 | 1899年(明治32年)11月 |
| いかづち会 | 久保猪之吉 | |
| 若菜会 | 八杉貞利 |
▼あさ香社(浅香社)
落合直文の設立した和歌革新のための結社。名称は直文の居住町名に由来。
落合直文は国文学復興の気運に乗じて逸早く和歌の改良を主張し、創作上に新紀元を開こうと試みた。その目的で「新撰歌典」を著わし、また浅香社という結社を組織して、沈滞した当時の歌壇に清新の気を吹き込もうと志す青年歌人を集めた。
実に明治の新しい歌壇は、これらの新人によって新しい活動を開始したのであった。
大町桂月・塩井雨江・与謝野寛(鉄幹)のほか、尾上柴舟・金子薫園・服部躬治らも参加。
浪漫主義短歌の先駆となった。
直文の幾多の新派歌人を指導養成した功績は大きいが、1898年~99年にいかづち会・あけぼの会・新詩社などに分裂する。
▼竹柏会
佐佐木信綱が1898年(明治31年)に結成
父弘綱の雅号竹柏園にちなんで命名。
「ひろく、ふかく、おのがじしんに」を指針に、
『心の花』を機関誌とする
自由な歌風を尊び、石榑千亦・川田順・木下利玄・新井洸をはじめ、前川佐美雄・五島茂など数多くの歌人を育てた。
▼根岸短歌会
1899年(明治32年)3月から東京下谷根岸の子規庵で開かれた根岸短歌会に依る。
万葉集を手本とし、写実と素朴な生命の直接的描写を目標に掲げた。
初期には岡麗・伊藤左千夫・長塚節・赤木格堂らが参加、新聞「日本」、雑誌「心の花」などに歌を発表。
子規没後に機関誌「馬酔木』を創刊、さらに「アカネ」「アララギ」へと主張は継承され、斉藤茂吉・島木赤彦・古泉千樫らが育つ。
▼新詩社
与謝野寛(鉄幹)を盟主とする詩歌中心の文学結社。
東京新詩社が正式名称。
1899年(明治32年)11月に結成され、従来の形式を破って、自由なものを作り、詩想に男性的な空気を呼び入れたが、また東京新詩社を興して雑誌『明星』を発刊した。
浪漫主義文学連動の中心となった。「新詩社清規」に、
「われわれは互に自我の詩を発揮せんとす」
とうたった。
与謝野鉄幹は「東西南北」、「天地玄黄」などの詩歌集に見るように、『明星』は、天才的な情熱の歌人鳳晶子(後の与謝野晶子)を得て、さらに北原白秋・石川啄木・高村光太郎・萩原朔太郎ら俊秀を輩出し清新な歌風によって、明治中期の歌壇に、いわゆる明星派という新派和歌の一大勢力を占めるようになった。
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