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天気晴朗なれども浪高し

子規の死の2年後に起きた日露戦争で、真之は東郷平八郎の軍事参謀に抜擢。

連合艦隊

日本を勝利に導いた名参謀として、その名を歴史に刻むことになります。

天気晴朗なれども浪高し

という、日本海海戦で真之が打った電文は、緊張感の中に優雅が漂う名文として知られます。
子規と熱中した詩歌の心は、軍人となった真之の中に生き続けていたのでした。

三羽の鴉

子規の死から16年後(大正7年2月4日)、真之は盲腸炎を患い小田原で亡くなります。(享年51)
夜明け頃に詠んだという辞世の句は、子規が命をかけて打ち込んだ俳句によるものでした。

不生不滅 明けて鴉の 三羽かな

三羽の鴉とは、子規と真之と、そして志半ばで亡くなった清水則遠のことだったのかもしれません。

正岡子規 秋山真之 清水則遠
正岡子規
秋山真之
清水則遠

近代日本が初めて世界に踏み出した激動の時代、様々な困難を友情だけで支えあい克服していった子規と真之。明治国家から誕生140年、故郷松山で大事に守られている子規と真之の手紙は、かけがえのない青春の素晴らしさを語り続ける記録として、今なお光を放ち続けています。(NHK番組より)

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