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子規、逝く

子規逝くしかし、真之が帰国した明治33年頃から、
子規の病状は急速に悪化して行きます。

子規には、真之が海軍で成功する姿を見届けるだけの体力は、
もう残されていませんでした。

一進一退の病状が続いていた、明治35年9月19日、
子規は遂にこの世を去ります。 (享年36)

臨終の時まで子規が肌身離さなかったのは、
真之から贈られて毛の蒲団だったと云います。

葬儀の日、真之がやって来たのは、
子規の棺が家を出て、間もなくでした。

袴を履いて現われた真之は、
道端に立ち止まって一礼し、足早に立ち去ったと云います。

「一刻も早く兵学家として大成するため、
仕事に戻ることが、何よりも友の供養になると思う」

真之はそう考えたのかもしれません。

これが子規と真之の永遠の別れとなりました。

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