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憧れの東京

東京大学予備門

明治16年、子規と真之は東京に到着。
当時、東京は地方から成功を夢見て上京する人々で
溢れていました。

二人は最高学府の東京大学予備門へと入学。
維新で負けた藩の子弟にとって、
学門こそ、立身出世の道なのでした。

この時代、子規たち松山の学生の多くは、本郷にあった常盤会という寄宿舎に入りました。
貧しい子弟の負担を軽くするため、旧松山藩士が創設した寮になります。

常盤会寄宿舎

常盤会寄宿舎は東京都東久留米市に移転し、現在も存続しています。
現在は松山の有志により運営されていて、松山から東京を目指す若者たちの受け皿になっています。廊下には子規が暮らしていた当時の寮の規則の写しが、今も張り出されているそうです。

七変人遊戯競

子規が学生生活を記録した文章が、後に雑誌『ホトトギス』に発表されています。
当時子規たちが熱中したのが「七変人遊戯競」というもの。
スポーツや遊戯の腕くらべです。

その一つが、「骨牌」(カルタ)

小結 関脇 大関 骨牌 小結 関脇 大関
      行司      
菊池謙二郎 関甲子郎 正岡常規 神谷豊太郎 井林広政 清水則遠 秋山真之

子規と真之は共に大関に番付され、互角の強さでした。

さらに部屋で行う、「坐相撲」(すわりずもう)

小結 関脇 大関 坐相撲 小結 関脇 大関
      行司      
清水則遠 秋山真之 正岡常規 神谷豊太郎 菊池謙二郎 関甲子郎 井林広政

信じられないことに子規が真之を負かして大関です。

そして最新の遊戯だった「弄球」(野球)

小結 関脇 大関 弄球 小結 関脇 大関
      行司      
神谷豊太郎 関甲子郎 秋山真之 清水則遠 井林広政 正岡常規 菊池謙二郎

野球好きで、野球殿堂入りまで果した子規ですが、当時においては真之の方が上手だったようです。

当時子規がまとめた手作りの人物録も残っています。「郷党人物月旦評論」
互いの性格を分析しあったもので、秋山真之は才智の多い人物と仲間から評価されています。
正岡子規の評は将来大きな名声を得る人物。
後に軍事参謀と文学者になる二人の将来を、的確に予言するものとなっています。

一見他愛ない競い合いの中で、子規たちは自分たちが何に向いているか、どんな職に就くべきかを必死に探ろうとしていたのです。

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