HOME > 「坂の上の雲」ライバル伝 > 秋山真之と広瀬武夫 > 天の道、剣の道
秋山真之のアメリカ留学中の作業はめざましく、ことに米西戦争のとき、アメリカ艦隊の運送船「セグランサ」で従軍した戦闘報告は、視察のするどいこと、見識の高いこと、文章のみごとなことで、驚嘆している上級者が多いことを広瀬もかねて伝え聞いていた。
アメリカ海軍の気風をたずねると、
なにしろ社会の格式も威厳もうるさくないから、外国人だってひどく差別はしないし、わしのつき合ったのはみんな淡白で親切な人ばかりだ。わしの研究をよく助けてくれたよ。はじめは海軍大学校に入ろうと思ったが、規定上外国将校は無理だというし、マハン大佐の意見では、むしろ戦史をよく研究して独特の見方をやしなう方法が得策だというし、その方がいいとわしも思って、もっぱら戦史をおさめた。 |
ということだった。
マハン大佐といえば、そのころ世界的な名声をはせていた兵学者である。
広瀬は思わず聞き耳をたてた。
秋山の言葉から総合すると、マハンは、哲学的な頭脳に、論理思想を加味した神経質な兵学者で、アメリカ人にはめずらしい精神家らしい。
なかなかゆだんのならぬおやじだよ。もっとも議論はこまかすぎて、わしは一から十まで敬服しているわけじゃない。いったい国防問題は、ほかの学問とちがって、国土の状況で左右されるべきものだ。どこまでも独自なものだ。一にも西洋、二にも西洋じゃ話にならんと、この小柄で精悍な士官は気焔万丈だった。 たとえば西洋の戦略は、どの兵学書をよんでも、勝つとは敵をあますことなく全滅させることだと説いていえるね。ところが東洋では戦わずして敵を屈するというのが兵学の大目的になっているんだ。これは「屈敵主義」とでも名づけるか。理論としては東洋の方が高い立場に立っていることはあきらかなんだ。どうだ。 |
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なかなか面白い議論だね。 |
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もともと兵法というものは、詭道だから、奇襲以外にはありえないというものだ。どんなものもみんな奇襲だ。ところで敵が正攻でくる場合には、こちらから奇襲したくとも「凡戦者以正合奇勝」と昔からいっているだろう。「正ヲ以テ合セ」とは、敵が正奇の両方をとって攻撃してきても、こちらはつねに正々の実力をもって対抗し、敵に虚をしめしてはならぬということなんだね。 「奇ヲ以テ勝ツ」とは、戦機を見て、敵の虚に乗じて弱点をつき、勝てという意味なんだよ。正法は人間万事の源だから、こちらはまず正位に我を置くという意味も入っているんだな。要するに兵法というのは、「おのれの欲せざるところを人にほどこせ」というのに尽きる。『論語』の正反対で、まあせんじつめれば智能の戦いだね。 |
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そいつを人事に応用すると、大へんなことになるな。 |
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そうだとも。そうだとも。もともと兵術は詭道だから、決して平和の人事に応用してはいかんのだ。乱世のとき悪をこらすためにだけ用いるべきものだよ。人間はふだんは公明正大にふるまうのが根本の道だ。策士なんぞというものは、いつでも成功するとはかぎらんな。 |
と一気にかたむけた盃をおいて、秋山は憮然とした。
ときに広瀬、わしは自分の信念をこんなふうに作ってみたが、貴様はどう思う。いわばわしの軍人哲学だ。 一つ、一身一家一郷を愛するものは悟道足らず。 世界宇宙等を愛するものは悟道過ぎたり。軍人は満腔の愛情を君国に捧げ、上下過不及なきを要す。 |
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えらい哲学をまとめたな。おれが題をつけてやろう。 |
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わしの考えと暗合したね。わしも「天剣漫録」とつけたいと思っていたところだ。 |
そういって会心の笑みをもらした秋山は、急に真顔になって広瀬の眼を見入りながら、
「治に居て乱を忘るべからず。 天下将に乱れんとすと覚悟せよ。 」
と一息に言ってのけた。
その鋭い眼光、その凛然とした気魄にうたれて、広瀬も身のひきしまるような感動を覚えた。
ときにこんど見学した「朝日」から考えても、日本海軍はずいぶんえらくなったものだ。とにかく軍艦は大きいのが出来た。あれらを自在に駆使して戦える日本独自の「戦術家」というのはいるのかな。 |
広瀬はふと不安げなひとりごとを、つぶやいた。
おい、おい、失礼なことを言うな。貴様の前にいるお方の前でよ。 |
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これは失礼しました。そうだったな。(笑)いよいよロシアと戦うときには、その大戦術家は、どうなさる。拝聴したものですな。 |
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どうせロシアは東洋に全力を集められんよ。バルチック海があるから、いつでも勢力は二分せざるを得ぬ。そこがつけねらいどころだ。東洋にあつめたやつが、こっちよりつよくならぬうちに、こちらからしゃにむに仕かけて、そいつをみんなたたいてしまう。おおきな声でいえないが、こんどエスパニアとの戦争で、アメリカがつかった手を大規模にやれば、まあ袋のネズミだろう。こっちは無傷で、相手をすっかり押えてしまう。 |
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もしバルチックから後詰がきた場合にはどうなさる。 |
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後詰はそんなにこわくはないよ。一挙に全滅させるというわけにはいかんだろうが、二、三回にわけて、手を切り、足を殺ぎ、首をとる。――そういう戦策をたてれば、なんでもないさ。どっちにしても日本は負けぬ。こまかい案はわしの腹にあるから、わしにまかせとけ。 |
それにしても秋山の兵法や戦術談を聞いていると、広瀬は、いままで存在しなかった自主的な日本海軍のあたらしい頭脳が生まれて、じっさいいま目の前に厳存していることを直感した。こんな感動は、これまでだれに会っても覚えなかったものである。
これから5年目の広瀬の誕生日5月27日には、広瀬はもうこの世にはいなかった。しかしその日に、ここで語られた秋山の言葉通りの戦策で、秋山に指導された日本艦隊は、遠来のロシア艦隊を沖ノ島附近に迎え撃って、海戦史上かってみない完全な勝利をおさめた。それから5月27日はながいこと日本海軍の記念日になった。不思議な因縁というべきだろう。
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