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秋山好古の墓

場所 : 松山市 道後鷺谷墓地

撮影日 : 2011年10月10日

秋山好古の墓

秋山好古の出身は松山ですが、好古は陸軍の衛戍地千葉県習志野に生活の拠点をおきます。
父・久敬死後は松山にいた母・貞も呼び寄せています。 ただ、好古は晩年の1924年(大正13年)4月から1930年(昭和5年)の6年間は郷里の北予中学で校長を務めます。しかし、福沢諭吉を啓蒙した好古は子供たちを東京の慶応義塾に入校させたいと思いもあり、家族は東京に残したまま単身で松山に赴任します。

昭和5年7月、北予中学校長も辞任し、北海道へ馬を見に行く目的で途中に寄った東京の長男信好宅で発病します。そのまま病院に入院し11月に永眠します。お墓はすでに亡くなった弟秋山真之と同じ青山霊園に葬られます。 (秋山真之のお墓は現在は鎌倉市の鎌倉霊園に移されています。)

一方松山では好古の思いを引き継ぐ有志により、青山霊園の秋山家から分骨を受け、松山市の鷺谷墓地に秋山好古のお墓を建立しました。

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