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芸予要塞小島砲台
場所 : 今治市小島
撮影日 : 2008年07月20日
芸予要塞小島砲台とは日露戦争当時、陸軍はロシア海軍の侵略を防ぐため、広島県の大久野島と、愛媛県小島(おしま)に要塞を築いた。この二つの要塞を併せて「芸予要塞」と呼ぶ。
小島砲台の調査設計には、城塞学の権威であった陸軍工兵中佐上原勇作(後の元帥)があたった。
1887年(明治30年)最後の調査を終え、決定着手され、完成までに10年近くの歳月と当時の30万円という巨費を投じて築造され、日露戦争にあたってはその砲門の一部が戦場に運ばれ活躍した。
その後戦術が海から空に変化したため、この要塞も不要となり、1926年(大正15年)に廃止となり、1927年(昭和2年)波止浜町に払い下げられ現在に至っている。
明治時代の海岸要塞としては、完全にちかい日本唯一のものであり、砲台跡や兵舎跡、火薬倉庫など、山中各所に設けられた施設はほとんど当時のままで、これほど日露戦争当時の緊張感を感じさせる史跡は他になく、まさに一級品の史跡である。写真は北部砲台跡。
![]() 発電所跡 |
![]() 要塞の設計責任者上原勇作陸軍中佐 |
![]() 弾薬庫跡 |
![]() 南部砲台跡 |
![]() 司令塔跡 |
![]() GoogeEarthで見た小島全景 |
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