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西園寺公望の墓

場所 : 府中市多磨町 多磨霊園

撮影日 : 2007年05月26日

西園寺公望の墓

1849年(嘉永2年)10月23日生
1940年(昭和15年)11月24日没
政治家。
京都生れ。
公卿清華家の養子となる。
徳大寺実則は兄。
戊辰戦争で山陰道鎮撫総督を務め、維新後1871年~80年(明治4年~13年)フランスに留学。
「東洋自由新聞」社長をへて伊藤博文の憲法調査団に随行。
第二次伊藤内閣の文相・外相、第三次伊藤内閣の文相を歴任、枢密院議長をへて1903年立憲憲政会総裁に就任。
伊藤系の後継者格となり、06年首相。
桂太郎ら山県系と協調して、桂園時代を築く。
08年桂に政権を譲ったが、11年~12年(大正元年)再度首相を務めた。
大正政変の際に違勅問題で政友会総裁を辞任、19年ベルサイユ会議全権委員となる。
12年元老優遇をうけ、24年以降唯一の元老として第一次近衛内閣まで首班候補選定に主導的役割をはたした。
政党政治の擁護者、協調外交論者として知られる。
公爵。

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