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秋山好古
秋山真之
正岡子規
坂の上の雲

「坂の上の雲」誕生40周年

「明治」という新しい時代が誕生してから、ちょうど100年後の1968年(昭和43年)4月22日(月)、「産経新聞」の夕刊に司馬遼太郎氏の連載小説がスタートしました。それが、小説『坂の上の雲』です。

2008年4月22日は、その小説『坂の上の雲』が誕生してから、ちょうど40周年の記念日となります。

産経新聞(夕刊)に1968年(昭和43年)4月22日~1972年(昭和47年)8月4日にかけて4年半にわたり連載される。計1296回。構想期間も含めると10年に及び、司馬遼太郎は40代のほぼすべてを費やした。

この小説は、1999年(平成11年)1月11日から2000年(平成12年)6月20日にかけて、産経新聞(朝刊)に再掲載された。

坂の上の雲ミュージアム テーマ展示「子規と真之」より

「坂の上の雲」とは?

極東の小国だった日本を日露戦争で勝利に導いた軍人・秋山好古秋山真之兄弟と、文学界に大きな足跡を残した俳人・正岡子規を中心に明治人の青春群像を描いた歴史長編小説。
無名の登場人物達がリーダーをいかに支え、また個人としていかに行動したかに焦点を当てた作品。
歴史小説ながら、登場人物達の行動・判断はビジネスマンのバイブル書として広く支持されている。
最近では女性雑誌にも紹介されており、社会で戦う"働く女性"からの支持が増えている。
また、主人公の出生地である松山市では「坂の上の雲まちづくり」を推進しており、2009年秋からはNHKによって、スペシャルドラマ「坂の上の雲」として放映化が決定されています。

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タイトル「坂の上の雲」の意味とは?

楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながら歩く。
のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

『坂の上の雲』(第一巻「あとがき」)より

押し寄せてくる欧州の植民地政策によりアジア諸国が次々と隷属する中、日本だけは富国強兵をスローガンに近代化を図ることで列強の脅威と対峙する。 「サルまね」と揶揄されながらも、日本が生き残る道に向かって、ただひたすら前をのみ見つめ駆け上っていった。

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ビジネスマンが好きな司馬作品ベスト10 ― 断トツ1位の「坂の上の雲」

ビジネスマンのバイブル書として指示されている「坂の上の雲」。 日本の上場企業トップ120人を対象にアンケートされた 「司馬作品ベスト3」からも圧倒的な支持を得て1位に輝きます。

順位 作品名 ポイント数
1位 坂の上の雲 240ポイント
2位 竜馬がゆく 98ポイント
3位 跳ぶが如く 47ポイント
4位 この国のかたち 32ポイント
5位 街道をゆく 30ポイント
6位 項羽と劉邦 29ポイント
6位 29ポイント
7位 国盗り物語 25ポイント
9位 空海の風景 21ポイント
9位 「明治」という国家 21ポイント

このアンケートは1996年2月、上場企業120社の経営者を対象に「司馬遼太郎作品ベスト3」を選んでもらい、1位に推した作品を3ポイント、以下2位を2ポイント、3位を3ポイントとして計算されています。

(プレジデント1997年3月号増刊「司馬遼太郎がゆく」より)

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司馬遼太郎

(1923年-1996年)

小説家。大阪府出身。本名は福田定一。大阪外語大学卒。

仮卒業で学人出陣し、戦車隊の小隊長として中国東北(満州)へ赴いた。

第二次大戦後、産経新聞などの記者として15年間勤務、1959年(昭和34年)「梟の城」で直木賞を受賞し、翌年退職、文筆に専念する。「竜馬がゆく」、「国盗り物語」で菊池寛賞を受賞。

戦国期・明治期などを舞台にした独自の「司馬史観」による多くの長編小説、「街道をゆく」などの紀行エッセイや、アジアに眼をすえた文明批判などの対談・随筆も多い。

芸術院会員。文化勲章受賞。

参考: 司馬遼太郎の年譜(経歴)

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司馬遼太郎と「坂の上の雲」

司馬氏は10年の歳月をかけて「坂の上の雲」を完成させました。
その苦悩を同著「空海の風景」で述べています。

私自身の雑駁な事情でいえば、私は空海全集を読んでいる同時期に、『坂の上の雲』という作品の下調べに熱中していた。 この日本の明治期の事象をあつかった作品はどうにもならぬほどに具体的世界のもので、具体的な事物や日時、具体的な状況、あるいは条件を一つでも外しては積木そのものが崩れてしまうといったような作業で、調べてゆくとおもしろくはあったが、しかし具体的な事象や事物との鼻のつきあわせというのはときに索然としてきて、形而上的なもの、あるいは事物という本来大ウソであるかもしれないきわどいものへのあごがれや渇きが昂じてきて、やりきれなくなった。 そのことは、空海全集を読むことで癒された。むしろ右の心理的事情があるがために、空海は私にとって、かってなかったほどに近くなった。

『空海の風景』(あとがき)より

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