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正岡子規 Archive
子規博も指定管理者導入へ
- 2009年7月29日 12:27
- 正岡子規
松山出身の俳人、正岡子規の史料を展示する「子規記念博物館」の入館者が大幅に落ち込んでいるとして、松山市は、運営を外部に委託する「指定管理者制度」を来年4月から導入し、入館者の増加を図ることになりました。
「子規記念博物館」は、近代俳句を確立した正岡子規に関連する史料など、およそ5万点を所蔵する松山市立の博物館で、平成3年度におよそ19万人だった入館者は、昨年度、半分以下の9万人あまりにまで落ち込み、入館者の増加が課題になっています。
このため松山市は、所有する施設の効率的な運用を進める一環として、「子規記念博物館」にも運営を外部に委託する「指定管理者制度」を導入することになりました。
委託するのは、▼施設の維持・管理のほか、▼会議室など施設の貸し出しを行う業務などで、特別展などの企画や博物館が所蔵する史料の管理などは、これまで通り、市が行うとしています。
委託期間は、来年4月から5年間で、松山市では、7月末まで、募集要項をホームページに掲載した上で、今年9月から、委託先を募集することにしています。
博物館では、「制度の導入をきっかけに、さまざまな事業を展開するとともにサービスを向上し、入館者の増加を図りたい」と話しています。
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子規の自筆選句集見つかる、2千万円でオークションへ
- 2009年7月 2日 23:38
- 正岡子規
近代俳句の祖とされる正岡子規(1867~1902)が、自身や友人の夏目漱石の句などを収録した自筆の選句集が発見された。
存在は知られていたが、実物は確認されていなかった。3日から東京都千代田区で開かれる古書オークションに、最低価格2000万円で出品される。
選句集は「なじみ集」という題が毛筆で書かれており、337丁(1丁は2ページ相当)。1894年(明治27年)ごろの編集とみられる。巻頭に俳諧の師であった大原其戎(きじゅう)を置くなど、子規の句歴とかかわりが古い順に、同時代の俳人や友人など約90人の句を収録している。
中には子規自身の作品や、夏目漱石の号「凸凹」の17句、門下の河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)や高浜虚子の句もあり、句の上には新聞などに発表するための分類とみられる◎などの印も打たれている。
子規を研究している和田克司・大阪成蹊短大名誉教授は「これほどの自筆稿本がまとまった形で残っていたのは驚きだ。写生に目を開いて俳句革新の考えを確立していく時期にあたり、他の人の作品を読んで特性を際立たせるのに役立てていたのではないか」と話している。
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正岡子規の短歌5首つづった直筆掛け軸、親類宅で発見
- 2008年5月 9日 04:10
- 正岡子規
俳人、正岡子規(1867~1902)が、ありのままの自然や現実を短歌や俳句に取り入れる「写生」の大切さを詠んだ歌など、短歌5首をつづった直筆の掛け軸を、子規の妹の孫で大阪成蹊短大講師、正岡明さん(63)(奈良市)が関西の親類宅で発見した。
縦24.5センチ、横31.5センチの和紙に毛筆で
「青丹よし奈良の佛もうまけれと 写生にますハあらじとそ思ふ」
(奈良の仏像もいいが、写生より優れているものはないと思う)
などと書かれていた。1899年に弟子に送った手紙に添えた歌と同じ内容。古里の松山から東京へ向かう途中の1895年10月に奈良を訪れた印象を詠んだとみられる。
明さんは「写生への情熱が伝わってくる」と話している。23~25日に奈良市今小路町、日本料理「天平倶楽部」で初公開される。
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俳句、「脳トレ」より活性化度大 川島教授と実証 松山
- 2007年6月10日 18:30
- 正岡子規
俳句を詠むと、脳の「司令塔」と呼ばれる前頭前野が刺激され、強く活性化することが松山市の研究グループの実験でわかった。認知症の予防や改善に効果があるといわれる四則計算などの「脳トレーニング」より、脳の血流量が増したという。研究者は「正岡子規らを生んだ『俳句王国・松山』から、全国に俳句文化を広げるきっかけになれば」と期待している。
グループは、松山市の学校法人職員の沖田克夫さん(61)が地元の俳人らに呼びかけて発足した「俳句と脳の研究会」。簡単な計算や音読で脳のおでこ部分にある前頭前野を活性化させる「学習療法」を考案し、脳トレーニングブームを巻き起こした川島隆太・東北大教授の指導のもと、1月と3月に同大学で実験し、分析を進めてきた。
実験では、プロの俳人や句作の初心者ら15~55歳の男女12人に対し、俳句をつくる▽簡単な加減乗除の四則計算をする▽俳句を黙読する▽俳句の上五を見せた後、正しい中下の句を選ぶマッチングゲーム▽提示された句が「そこそこ」の水準か「まだまだ」の句なのか判断する判別ゲーム▽散文を読む▽無意味な文字列を読む、の7項目の課題に取り組んでもらった。
そのうえで、知的活動や感情などをつかさどる前頭前野に流れ込む血流量などを調べ、前頭前野の右脳と左脳部分の活性化の度合いについて最大でプラス5、最低でマイナス5と数値化して評価した。
その結果、俳句を詠んだ時の平均値は右脳で3.4、左脳で3.5となり、簡単な計算をした時の右脳2.4、左脳3.3を上回った。一方で、マッチングゲームは右1.9、左2.3、判別ゲームは右2.1、左2.3、俳句の黙読は右1.0、左1.2で、自分で俳句をひねる時の効果がずば抜けていた。
散文を読んだ場合は右0.9、左1.2、無意味な文字列の黙読は右1.3。左0.8だった。
また、俳句作りは前頭前野のほぼ全体を活性化させたという。前頭前野は、難解な数式を解いたり、深く考え込んだりしても、一部でしか活性化しないことが川島教授の研究でわかっている。
研究会は、句作が四則計算より脳を活性化させる理由は不明としながらも、句をひねる時の多角的な思考が脳の働きを強めるのではないかと推測している。
川島教授は「句作が、計算よりも強く前頭前野を活性化させるのは、数字より複雑な言語を扱って頭を使うからではないか」としている。
沖田さんは「子規が晩年、病気になっても、頭がはっきりしていたのもうなずける。認知症の予防や改善に、句作を試してみてはどうか」と話している。
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羯南の記念俳句大会に子規の名も
- 2007年5月23日 12:17
- 正岡子規
弘前市出身の言論人・陸羯南の生誕百五十年・没後百年記念事業実行委員会は、記念に開く俳句大会の名称に、羯南を恩人としていた俳人・正岡子規の名を加え、「陸羯南・正岡子規記念俳句大会」とすることを決定し、二十二日、募集要項を発表した。また、九月一日に開催する記念フォーラムに、松山市立子規記念博物館の竹田美喜館長が加わることとなった。
俳句大会は羯南が、自ら主宰する新聞「日本」の記者だった病気の子規を支え、執筆の場を与えるなど、子規の生涯にわたる支援者であったことから企画された。大会の名称については実行委で意見が交わされ、羯南の功績を広く知らせるために子規の名も加える方向で検討していた。
五月十五日には、実行委会長である相馬錩一(しょういち)弘前市長と石岡徹市教育長らが松山市に中村時広市長を訪問し、両市が相談の上で決定。同時に、竹田館長にフォーラム出席を招請したところ、竹田館長らは「正岡子規の存在は陸羯南のおかげであり、羯南抜きには語れない」などと応じる姿勢を示していた。
俳句大会は紙上大会で、参加者は県内限定。題は「当季雑詠」。一人二句までで、未発表に限る。投句は無料。県内十五人の俳人が選に当たる。作品は、六月一日から七月十四日まで、郵便番号036-8356、弘前市下白銀町二ノ一、市立弘前図書館内、陸羯南実行委「俳句大会」係(電話0172-32-4855)に送る。
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子規の句にメロディー-奈良・ゆかりの地で歌唱
- 2007年5月20日 12:15
- 正岡子規
明治期の俳人・正岡子規が当時滞在した旅館「対山楼」の跡地にあり、昨年秋に「子規の庭」を整備した奈良市今小路町の日本料理店「天平倶楽部」で19日、子規の句をメロディーにのせて歌うコンサート「舞台は子規の庭第一回『子規の句を旋律にのせて』―ソプラノ歌手正岡祐子を迎えて」(「子規の庭」友の会主催、子規の庭保存会など後援)が開かれ、約100人が参加した。
奈良での子規の業績をたたえるとともに、俳句・短歌や近代・現代の文学、芸術・芸能、また奈良に関心のある人、庭の好きな人などが交流し、さまざまな発信を行っていこうと4月に発足した「子規の庭」友の会の初めての催しとして開かれた…
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弘前市長が子規の故郷松山を訪問
- 2007年5月16日 12:33
- 正岡子規
正岡子規とゆかりが深く、明治を代表する言論人だった陸羯南(くが・かつなん、一八五七-一九〇七年)の出身地である弘前市の相馬錩一(しょういち)市長が十五日、松山市の中村時広市長を訪問した。
弘前市では、羯南の生誕百五十年と没後百年を記念し、八月三十一日から三日間の日程で顕彰記念展を計画。開催にあたり、子規の故郷である松山市との交流を模索している。
羯南は新聞「日本」の創刊者で、近代ジャーナリズムの礎を築いたことで知られる。子規は叔父の紹介で羯南と知り合った。羯南は病気の子規を日本新聞社で雇い、記者として執筆の場を与え、文学活動を支えた。
市役所を訪れた相馬市長と石岡徹教育長ら三人は、記念展の内容を説明し、「羯南と子規のつながりは強く、ぜひ松山市を訪れておきたかった。松山の人にも来てほしい」と呼び掛けた。その後、相馬市長らは市立子規記念博物館も見学した。
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陸羯南 生誕150周年・没後100年展
- 2007年1月13日 01:23
- 正岡子規
弘前市在府町に生まれ、明治の新聞人として大きな業績を残した陸羯南の足跡をたどる企画展「政論記者 陸羯南 生誕150周年・没後100年展」が12日、弘前市立郷土文学館で始まった。会期は12月28日まで。
羯南は新聞「日本」の社長兼主筆として、欧化政策を推進する当時の明治政府を批判し、日本の伝統に基づいた穏やかな近代化、国民の主体性を訴える「国民主義」を提唱。
また同紙記者で俳句、短歌の改革を成し遂げた正岡子規(松山市出身)を献身的に支えたほか、俳人で小説家の佐藤紅緑をはじめとする本県出身の文人に大きな影響を与えた。
企画展では館内に特別コーナーを設け、ゆかりの資料や書籍、パネルなど約160点を展示。羯南自筆の掛け軸、原稿のほか「国際論」や「近時政論考」といった著作、愛用した机、茶だんすが並び、家族や親交の深かった人たちの書からは羯南の人徳を感じることができる。
また県内外の羯南研究家による書籍を紹介しているほか、企画展に合わせて同館が作製した羯南を紹介するDVDも放映される。
同館の井上雅敬専門委員は「会期が1年間で約200点の展示物を準備したので、会期中に差し替えていく。この機会に羯南の功績を知ってもらいたい」と話している。
入館料は高校生以上百円、小中学生50円。開館時間は午前9時から午後5時まで。
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「子規の庭」一般公開スタート ゆかりの柿の古木も
- 2006年11月19日 08:20
- 正岡子規
明治時代の俳人、正岡子規が宿泊した旅館「対山樓」の跡地(奈良市雑司町)に完成した「子規の庭」の一般公開が18日、スタート。雨がぱらつくあいにくの天気にもかかわらず、観光客ら約300人が東大寺大仏殿が借景となった野趣ある庭を堪能した。
日本料理店「天平倶楽部」が隣接する跡地約300平方メートルを今年2月に購入。同市内に住む子規の孫で造園家の正岡明さんの設計で、「子規の庭」として整備した。
庭はハギやススキなど野草を多く植え、自然の趣を大切にしているのが特徴。子規が見たと思われる樹齢120年以上という柿の古木を保存し、「秋暮るゝ奈良の旅籠や柿の味」という句を刻んだ伊予青石の句碑を設置した。
市内から訪れた伊藤秀利さん(62)と妻の光子さん(61)は「こんな場所があるとは知らなかった。大仏殿も見えるし、風情があってとてもいいところですね」と満足げ。同店の中塚隆子代表(63)は「庭が奈良の近代の文化にも目を向けてもらうきっかけになれば」と話していた。
子規の庭は午前11時~午後4時に公開。無料。
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子規しのぶ句碑の除幕式 奈良の老舗旅館跡地で
- 2006年10月24日 21:03
- 正岡子規
明治期の俳人正岡子規が滞在した奈良市の老舗旅館「対山楼」跡地に残る柿の古木の前に、子規をしのぶ句碑が完成し24日、除幕式が行われた。
句碑は、子規の生まれ故郷の愛媛県産の青い岩でつくられ、対山楼の情景を思い出して詠んだとされる句「秋暮るる奈良の旅籠や柿の味」が刻まれている。柿の木は樹齢100年以上で、子規が滞在したころからあったとされる。
除幕式には、俳句関係者や隣接する東大寺執事ら約60人が出席した。
今後は、同旅館跡地にある料亭が中心となって、句碑と柿の古木を中心に子規が好きだった草花を植え、庭園として整備していく計画。
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正岡子規の絵20点見つかる 晩年の作品、画風変遷
- 2006年9月27日 01:40
- 正岡子規
俳人正岡子規が描いたと見られる約20点の絵が見つかった。東京都台東区の子規庵(あん)に寄託された、とじた半紙6冊の中に含まれていた。同区根岸に住んでいた1892(明治25)年ごろから、亡くなる前年の1901(明治34)年ごろまでに描かれたらしい。未発表と見られる自筆の句や、子規が影響を受けた画家中村不折の絵も、大量に発見された。
6冊は、子規と親しかった人物の子孫から昨秋、寄託された。これを子規庵から研究を依頼されている多摩美大芸術人類学研究所の平出隆教授と、宇都宮大国際学部の松井貴子助教授らが調査。冊子の表題の日付や子規の日記などから描かれた時期を推定した。
子規作を示す「規画」のサインがある絵5点は、「明治廿六(にじゅうろく)年十二月三日夜」という表題の冊子にあった。上野公園入り口の標識や街灯、松竹梅、雷神、鳥居の絵などで、いずれも脇に子規の句が書かれている。
子規は独学で絵に親しんだが、1894(明治27)年、近くに住む画家で書家の中村不折と出会い、大きな影響を受けた。今回見つかった絵には、その不折と出会った以降のものが10点以上あった。
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「新たな名句」誕生に期待 奈良に子規の句碑を置く庭園
- 2006年9月 5日 02:09
- 正岡子規
俳人正岡子規が1895年に泊まった奈良市の旅館跡に、子規の句碑を置く庭園ができる。跡地に立つレストランが、10月に完成させる。
東大寺大仏殿に近く、ここで柿を食べた経験が「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」のヒントになったという。碑は「秋暮るゝ奈良の旅籠(はたご)や柿の味」を子規の字で刻む。
当時からあったらしい柿の古木も残す。設計は子規の孫にあたる奈良市の造園技術者、正岡明さん(61)。「光栄なお話。ここで新たな名句が生まれてほしい」
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「正岡子規記念球場」お披露目 プロの選手らとキャッチボール
- 2006年7月22日 23:59
- 正岡子規
改修を機に「正岡子規記念球場」と愛称が付けられた台東区上野公園内の野球場で二十一日、お披露目として「プロ野球選手とキャッチボール大会」が開かれた。小雨が降る中、日本プロ野球選手会長の宮本慎也選手(ヤクルト)、相川亮二選手(横浜)をはじめ、OBの水上善雄さん(元ロッテ)らを相手に、親子連れなど約三百六十人がキャッチボールを楽しんだ。
「最近は、公園などでキャッチボールができなくなってしまった」と宮本選手。同大会は、選手たちと同世代の親たちにキャッチボールの魅力を見直してもらい、「親子で気軽にできる場所を増やしていこう」と同選手会が企画した。
四歳の息子と科学博物館に恐竜を見に来て、偶然参加した埼玉県和光市の会社員、伊藤智博さん(33)は「この子が初めて受けたボールが野球選手の球だなんて、一生の思い出です」と、うれしそうに話していた。
この日は、同選手会が開発に携わった安全性の高いキャッチボール専用球「ゆうボール」を使用。野球は初めてという幼児や女性ファンも、「ナイスキャッチ」の醍醐味(だいごみ)を味わっていた。
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野球場に子規の句碑 東京・上野公園
- 2006年7月21日 23:56
- 正岡子規
上野公園(東京都台東区)で野球に興じたとされる明治時代の俳人正岡子規の句碑の除幕式が21日、公園内の野球場で行われた。
松山市出身の子規は東京では、現在の台東区根岸に居住。幼名の「升(のぼる)」にちなんで雅号を「野球(のぼーる)」とするほどの野球好きで、野球を題材にした小説や俳句も残した。
御影石で野球のボールをかたどった句碑は高さ約1・3メートル。「春風や まりを投げたき 草の原」の句が刻まれている。
この日「正岡子規記念球場」の愛称が付けられた球場では、除幕式の後、子規の子孫にあたる文筆業正岡浩さんらが当時のユニホーム姿で始球式をした。
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野球の恩人にささぐ…明治の対戦再現
- 2006年5月 5日 22:59
- 正岡子規
明治時代に日本に伝わった「野球」の名付け親で、徳島県立脇町高(美馬市脇町)校長を務めた中馬庚(ちゅうまかのえ)と、愛媛県立松山東高(松山市)に在籍し、その後野球を広めた俳人の正岡子規の功績をたたえる両高の交流試合「の・ボール野球」が4日、脇町高グラウンドで開かれた。飛球は1バウンド以内で取ればアウト、審判ははかま姿と明治の野球を忠実に再現。OBが当時のユニホーム姿で白球を追った。
OBらによると、2人は旧制一高(現・東京大)に在籍。中馬は1893年(明治26年)に同高野球部史をまとめた際、初めて「野球」と訳した。子規は「ベースボールの歌」を詠むなど野球を愛した。2人とも野球殿堂入りしている。
子規没後100年の記念行事として、松山東高OBらが明治時代の野球を復活させた際、子規の雅号「の・ボール」を“拝借”。当時の資料を集めて、ユニホームやグラブなどを再現し、飛球は1バウンド以内で取ればアウト、リードやタッチアップは禁止など当時のルールも採用した。
松山東OBが2004年、交流戦を呼びかけ、年に1回、松山市と美馬市で試合を開いており、今回は1勝1敗で迎えた3戦目。元脇町高野球部監督の三宅孝夫さん(63)がはかま姿で審判を務め、50歳代が中心の選手たちが、グラウンドを全力疾走。脇町が7回の最終回に1点差を追いつき、3―3で引き分けた。
脇町の大谷鉄臓監督(50)は「試合を定着させ、中馬先生の功績との・ボール野球を広めたい」。松山東の一色隆士監督(57)も「同窓会のような感覚。みんな楽しんでプレーできた」と笑顔を見せていた。
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上野に花開く子規球場 公園130周年を機に
- 2006年3月 8日 03:41
- 正岡子規
5月で開園130周年を迎える東京・上野公園内に「正岡子規記念球場」が誕生する。俳人で歌人でもある正岡子規(1867-1902年)が大の野球好きだったのは有名な話。子規が亡くなるまで野球を楽しんだのが、上野公園だった。都立上野恩賜公園野球場の改修を機に愛称とし、球場脇には野球にちなんだ子規の句碑も建立する。
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10月26日は柿の日
- 2005年10月25日 05:16
- 正岡子規
柿の日は、正岡子規が明治28年10月26日から奈良を旅し「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」とよんだのにちなみ、県農協西吉野カキ部会青年部が、同日を記念日にと提案。全国果樹研究連合会のカキ部会が全国規模で柿をPRするため制定した。
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大宮公園(さいたま市)
- 2005年10月20日 21:47
- 正岡子規
大宮公園は今秋、開園120年になる。東北線開通で新設された大宮駅とともに武蔵国一宮「氷川神社公園」として1885(明治18)年に開園。日比谷公園を設計した本多静六が大正年間に拡張改良計画を出し着工されたが、関東大震災や第2次大戦で中断。戦後、神社と切り離して「県営大宮公園」と改称、スポーツ施設などを整備して今日にいたる。
当初は、東京から武蔵野名残の風情を求める客でにぎわい、文人らも訪れた。正岡子規は園内の旅館に滞在、四国にいた漱石を呼び寄せて散策。「一面萩、薄の広漠たる原野、東京へ帰るのがいやになった」と虚子に手紙を書いている。
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夏休みの成果を見て 市児童・生徒科研作品展 291点を展示
- 2005年10月14日 21:43
- 正岡子規
... 採集物では、カブトムシやトンボなどの昆虫、市の海岸で採った貝殻などがずらり。正岡子規や芭蕉らの俳句に登場する花を集め、「季語を飾る花々」と題した独創的な植物採集もある ...
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愛媛の誇り子規顕彰 松山で大会
- 2005年10月10日 21:50
- 正岡子規
正岡子規の功績を称えるとともに短歌をさらに広めようと、第23回子規顕彰全国短歌大会(子規記念博物館友の会主催)が10日、松山市道後公園の子規記念博物館であった ...
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平成・奥の細道ウオーク
- 2005年10月 8日 21:45
- 正岡子規
一行は小林一茶、正岡子規ら代表的歌人、俳人の名前を書いたのぼりを掲げて歩いた。海沿いの県道を通り東松島市入り、鳴瀬総合支所で昼食を取った。石巻市では大街道経由でJR ...
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子規の句再現を、道後温泉旅館協がホタル飼育
- 2005年10月 2日 21:54
- 正岡子規
俳人・正岡子規の句にも詠まれた、ホタルの舞う光景を松山市の道後温泉によみがえらせようと、道後温泉旅館協同組合が、約3000匹のゲンジボタルの飼育を始めた
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ベーブ・ルースのサインボール公開 10月30日まで「大宮公園120年展」
- 2005年9月29日 21:37
- 正岡子規
... 明治から昭和初期にかけて大宮公園は、東京近郊から泊りがけで多くの人が訪れた行楽地だった。その中には正岡子規や夏目漱石、樋口一葉などの文学者も含まれており ...
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明治時代の野球を再現脇町で「の・ぼーる野球」交流試合
- 2005年9月 4日 23:00
- 正岡子規
ベースボールを「野球」と訳した中馬庚(ちゅうまんかなえ)がかつて校長を務めた脇町高校(旧制脇町中学、美馬市)と、「野球(の・ぼーる)」の雅号を持つ俳人正岡子規の母校・松山東高校(旧制松山中学、松山市)の野球部OBが4日、脇高グラウンドで、明治時代の野球を再現した「の・ボール野球」の交流試合を楽しんだ。
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「子規の青春」展子規博で開催中
- 2005年7月30日 14:22
- 正岡子規
落第の成績表、学校を休む言い訳を英文で書いた手紙――正岡子規が、夏目漱石や南方熊楠ら同級生たちと過ごした青春の日々を資料74点で紹介する特別企画展「子規の青春」が、松山市道後公園の市立子規記念博物館で開かれている ...
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夢舞台挑む50校高校野球富山大会開幕
- 2005年7月17日 14:29
- 正岡子規
... 加藤会長は「野球は筋書きのないドラマ。勝つこと、負けることが決まっているチームはない。夢を大きく目標を高く掲げて、歩みは着実にプレーして下さい」。また、正岡子規が野球をうたった作品を紹介して ...
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新川柳の剣花坊に脚光/故郷萩に次々句碑
- 2005年7月13日 14:34
- 正岡子規
剣花坊(本名・幸一)は旧萩藩士の家に生まれ、苦学して上京。新聞社に入り、ジャーナリスティックな精神を反映した新川柳を唱えた。時代を先取りした革新的な句を発表し続け、同時代に生きた俳句の正岡子規に対し ...
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「坂の上の雲」館展示案、1年1テーマで初年は「子規と真之」 /愛媛
同案によると、展示は1年1テーマの企画展方式とし、毎年内容を入れ替える。1年目は「子規と真之」。司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」に登場する日本海海戦の作戦家・秋山真之と近代俳句の祖・正岡子規の生い立ちや交友 ...
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回遊ラッピングバス:奈良・西の京・斑鳩、世界遺産を巡る
- 2005年5月11日 20:58
- 正岡子規
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」--。正岡子規の俳句にちなんだ柿色のボディに、斑鳩三塔と鹿(しか)のシルエットを配したラッピングバスが登場し、奈良交通の奈良法隆寺線で運行を始めた。春日大社本殿から法隆寺を結び、「奈良・西の京・斑鳩回遊ライン」と名付けられた...
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興福寺の国宝
- 2005年4月23日 20:30
- 正岡子規
...明治28年、興福寺を訪れた俳人・正岡子規は「秋風や囲もなしに興福寺」という句を詠んでいます...
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ヤクルト古田無安打も笑顔のお預け
- 2005年4月22日 20:39
- 正岡子規
...若松監督は「(松山は)野球(という言葉)発祥の地だろう。正岡子規だっけ?だからベンチで頑張ろうと言ったんだよ」と...
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「漱石のいた日々」直筆掛け軸など55点展示--松山 /愛媛
- 2005年4月21日 20:34
- 正岡子規
...漱石は1895年に旧制松山中学に英語教師として赴任し、下宿の「愚陀仏庵(ぐだぶつあん)」で正岡子規と同居した。子規が愚陀仏庵で仲間と開いていた句会に、漱石も参加するようになり...
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