日本海海戦と東郷司令長官
明治38年1月、旅順を占領し、3月10日には奉天に入城した日本陸軍のもの凄い進撃ぶりは、早くも全国民を戦勝の喜びに湧き立たせた。
しかし、「バルチック艦隊来る!」の報が一度伝わると、日本中は再び重苦しい緊張に包まれた。
前年の10月中旬、ロシア本国の軍港を出発したバルチック艦隊は、ロジェストウェンスキー中将を司令長官に堂々40隻。日本海軍の全滅をめざして刻々と東へ向いつつあったのだ。もし、この戦いに破れるならば、制海権を失い、補給路を断たれる日本軍は、せっかく今まで勝ち続けて来たのが水の泡になってしまう。がぜん、日本中の眼が、バルチック艦隊、及び、それを迎え打つ日本艦隊の動きに集中された。
これより早く、2月初旬。連合艦隊司令長官東郷平八郎大将は宮中に参内し、明治天皇のおたずねに対して、誓って敵艦隊を撃滅します。と必勝の決意をお答え申し上げたのである。

当時、連合艦隊はすでに敵艦隊の進路を対馬海峡と見て、南朝鮮の根拠地に全力を集めて猛訓練をしながら待ち構えていた。
こうして、5月27日、海峡の入口で見張っていた哨艦信濃丸は、たちこえる霧の中を東に向って進む船団の影を発見した。まさしく待ちに待ったバルチック艦隊だ。ただちに信濃丸からは旗艦三笠に「敵艦見ゆ!」の無電がうたれた。時まさに午前4時45分!
この報告を受けた東郷司令長官は、三笠艦長伊知地大佐に出港を命ずると共に、他の諸隊にも出動を命令した。一方また、大本営に向かい、「敵艦見ユトノ警報ニ接シ連合艦隊ハ直チニ出動之ヲ撃滅セントス本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」と、この大海戦について記念すべき第一報を発したのである。
時こそ来れ!27日午後1時39分。日本・連合艦隊主力とロシア・バルチック艦隊は、ついに対馬海峡の東方、沖ノ島附近に出あったのである。敵の全艦隊を目の前に、東郷司令長官は秋山真之参謀に命じて、三笠のマスト高く四色の信号旗をかかげさせた。これぞ「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ各員一層奮励努力セヨ」というあのZ旗であったのだ。

三笠艦上の東郷司令長官及び其幕僚 (明治38年5月27日 日本海海戦戦闘開始直前)
すでに相会した敵味方の全艦隊は、次第次第に近づいて行く。旗艦三笠を先頭とする主力は北から南西を指して進み、敵は南から北東に向って進んで来るのだ。もし、このまま進めば互いにすれちがいながら戦うことになる。それは無難であるが、敵をのばすおそれがある。東郷司令長官は、敵が8,000mに近づいた時、突然右手を真っすぐにあげ、さっと左に一振りして、そばの加藤参謀長を見返った。参謀長はそれを見ると、「艦長!取舵いっぱい!」と叫んだ……取舵の命令一下、三笠は急に艦首を左に曲げて、敵の先頭をななめに押さえつける形となった。これぞ有名な敵前回頭!司令長官必勝の戦法であった。艦隊は三笠にならい、次々に回頭しく行く。そして、その時、三笠のまわりには一発、二発と敵弾落下により水煙があがったのであった。

海戦場に於ける我が海軍の威風堂々 明治38年5月27日午後2時40分頃の光景
火蓋は切られた。今まで敵弾の荒れるにまかせていた主力艦隊は距離6,000mに近づいて、はじめてどっと射ち出した。まず、目標は敵旗艦スオロフ、オスラビア。狙いたがわぬ砲撃に、二艦は見る間に火災を起し、アレクサンドル三世また火に包まれた。

敵の旗艦「スオロフ」の大火災 明治38年5月27日午後3時過ぎの光景
こうして、敵艦隊は相ついで日本海軍の砲火にうち破られ、まさに日本の勝つも負けるも、この30分間の決戦によってきまったのである。
昼間の戦いでさんざんに敗けた敵艦隊は、夜になると、やみにまぎれて逃げ出そうとしたが、約40隻の水雷艇、駆逐艦は、息つく間もない魚雷攻撃で、大損害を与えた。
明くれば28日、連合艦隊は北へ逃げて行く残りの敵艦を迎えうったが、もう戦う元気を失ったネボガトフ少将のひきいる5隻のロシア軍艦は、戦わずして降伏した。
ついに、日本の連合艦隊はロシアのバルチック艦隊を、ほとんど全滅させてしまったのだ。両軍の戦闘力は優劣なく、しかも、世界中にその名を知られたバルチック艦隊を、これ程まで完全に撃滅したのは、海軍将兵の日頃の猛訓練のたまものとはいえ、司令長官東郷大将のすぐれた作戦と、なにものもおそれぬ豪胆さがこの大勝利を導き出したのだ。
そして、日本中がこの勝利のよろこびに湧きたっている頃――。
九州佐世保の海軍病院には、負傷した敵司令長官ロジェストウェンスキー中将を見舞う東郷大将の姿があった。ロジェストウェンスキー中将は旗艦が沈没すると同時に、負傷をおい、日本軍の捕虜となって、病院に収容されていたのだ。「あなたは勇敢な将軍です。一日も早くなおって下さい」東郷大将のあたたかい慰めの言葉に、中将は、涙を流して感謝した。
(記事内容はパンフレットより抜粋)
画像出典:「日露戦争写真画帖」(戦記名著刊行会/昭和5年刊)ほか
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