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索引 : さ
1849-1940 明治~昭和期の政治家。 京都生れ。 公卿清華家の養子となる。 徳大寺実則は兄。 戊辰戦争で山陰道鎮撫総督を務め、維新後1871年~ ... »
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1827-1877 幕末期の鹿児島藩士、明治期の政治家。 初名吉之助、号南洲。 藩主島津斉彬の庭方役となる。 斉彬死後時勢に絶望して自殺を図ったがはた ... »
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1843-1902 鹿児島藩士。軍人・政治家。西郷隆盛の弟。 寺田屋騒動・薩英戦争・禁門の変に参加、戊辰戦争に出征。 明治維新後に兵部小輔・陸軍大輔を ... »
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1827-1910 鹿児島藩士。官僚政治家。 西郷隆盛・大久保利通らと尊王攘夷運動に従事、第一次長州戦争の処理、都落ちした五卿の大宰府への移居に尽力し ... »
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1860-1927 海軍軍人。 福島生れ。 和泉、浪速艦長。 日露戦争では軍務局先任局員から第三艦隊参謀長として出征、日本海海戦を戦う。 1907年( ... »
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1858-1936 明治~昭和前期の海軍軍人・政治家。 陸奥国丹沢郡生れ。 1879年(明治12年)海軍兵学校卒。 初代アメリカ公使館付武官や艦隊・海 ... »
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壬午事変に関する日本・朝鮮両国間の善後約定。 善後処理の交渉が長引いて花房義質公使が仁川に引揚げたとき、交渉を拒否していた大院君が清国軍により天津に拉 ... »
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1870-1933 明治~昭和前期の社会主義者。 福岡県出身。 号は枯川。 日本社会主義運動の草分け的存在。 「万朝報」記者となるが、日露戦争への反戦 ... »
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満州軍の第一・第二・第四軍が遼陽会戦後、さらに北上中の1904年(明治37年)10月10日から20日にかけて、ロシア軍主力と沙河付近で行った戦闘。 1 ... »
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著者は司馬遼太郎。昭和43年~47年(1968年~72年)発表。全八巻。 極東の小国だった日本を日露戦争で勝利に導いた軍人・秋山好古・秋山真之兄弟と、 ... »
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海軍大学校校長。 明治35年7月、戦術講座を開設するにあたって秋山真之(当時少佐)を指名する。 ... »
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1835-1867 幕末期の志士。土佐国高知藩の郷士。 1853年(嘉永6年)から江戸の千葉道場で剣道を修める。 61年(文久元年)武市瑞山の土佐勤王 ... »
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1874年(明治7年)2月に佐賀県でおきた士族の反乱。 73年10月の政府分裂後、佐賀県では不平士族が征韓党や憂国党を結成し、不穏な情勢にあった。 政 ... »
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1844-1915 明治・大正期の陸軍軍人。 萩藩士の子。 長州戦争では亀山隊隊長として活躍。 戊辰戦争に出征。 1872年(明治5年)陸軍大尉。 熊 ... »
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旧旗本。 秋山好古は佐久間正節の屋敷に下宿する。のちに佐久間正節の娘・多美と結婚する。 ... »
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1872年11月6日~1951年3月17日 旧藩時代は桜井家は火術方であった。 岩戸流と宇佐美流の伝書をもつ。 幼少時代、ガキ大将であった秋山真之の秘 ... »
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1879-1965 明治後期~昭和前期の陸軍軍人・作家。 筆名落葉。愛媛県出身。 陸軍士官学校卒。 日露戦争の旅順第1回総攻撃で瀕死の重傷を負う。 1 ... »
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1830-1910 幕末~明治期の高知藩士・政治家。 通称三四郎。 藩士時代は上士の穏健な尊攘派として活躍。 維新後政府に出仕、のち参議・司法大輔。 ... »
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長崎県中部に位置する。 近世は平戸藩に属し、河川と早岐瀬戸に注ぐ河口などの干拓により塩田・水田が造成された。 1889年(明治22年)佐世保鎮守府が設 ... »
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1516-1588 織豊期の武将。 織田信長に仕え、1575年(天正3年)越前一向一揆鎮圧の戦功で越前国府中城主となり、81年越中国富山城主。 小牧・ ... »
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第二次長州戦争にあたって結ばれた鹿児島(薩摩)と萩(長州)藩の同盟。 1865年(慶応元年)幕府の長州再征の表明に対し鹿児島藩は諸侯会議による萩藩処分 ... »
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1863年(文久3年)イギリス艦隊の鹿児島砲撃事件。 生麦事件の賠償交渉不調によりおきた。 同年6月27日クーパー提督率いるイギリス艦隊7隻が代理公使 ... »
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1845年11月25日~1921年7月25日 医家。 順天堂第三代院長。 現代外科医学の基礎を築いた。 常陸国生れ。 1869年(明治2年)ドイツに留 ... »
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1866-1942 海軍軍人。山形生れ。 海軍兵学校卒(第14期)。 日清戦争で赤城航海長として出征。 日露戦争でも第二艦隊参謀として日本海海戦を戦う ... »
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古代から伝えられた経畝のある厚い織物で、帯として使用されてきたが、細いものは紐に使われた。 天正期(1573年~92年)頃真田昌幸が、この織物で刀の柄 ... »
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1567年~1615年5月7日 織豊期~江戸初期の武将。 父は昌幸。 名は信繁。 1585年(天正13年)父に従い豊臣秀吉に仕える。 90年秀吉の小田 ... »
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1822-1902 幕末期の佐賀藩士、明治期の藩閥政治家。 蒸気船の建造など佐賀藩の西欧技術導入に貢献した。 明治維新後、兵部省をへて工部省で累進し、 ... »
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1888年(明治21年)5月12日に参謀本部を廃止して設置された陸海軍の軍令機関、またはその長官。 同日制定の参軍官制では貴族の大将か中将一人を参軍に ... »
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厳島、松島、橋立の三艦を呼ぶときの呼称。 ... »
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第二次大戦中の新聞統合政策によって「日本工業新聞」を中心に関西の諸新聞が合併して、1942年(昭和17年)11月1日に創刊された経済専門紙。 初代社長 ... »
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1895年(明治28年)4月23日、日清戦争後の下関条約に対する露・独・仏の干渉。 下関条約に規定された日本の遼東半島領有が 朝鮮の独立を有名無実に為 ... »
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戦艦に搭載される艦砲で、内径30cm。 日露戦争時には最大の艦砲で、イギリス製。 三笠らの戦艦に4門ずつ搭載された。 重さ49t、砲身の長さは内径の4 ... »
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1898年(明治31年)陸軍に採用された速射砲で、有坂成章陸軍大佐が考案した。 口径7.5cm。 野砲は馬で引いて運ぶ。 山砲は分解して馬に乗せること ... »
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1897年(明治30年)海軍に採用された魚雷(魚型水雷)。 二種あり直径36cmのものは水雷艇に、45cmのものは駆逐艦以上に搭載された。 イギリス、 ... »
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三〇式歩兵銃の戦端に装備する長さ50cmの剣。 平素は腰の左側に革帯で下げておく。 片刃で、斬るというよりも突くことを目的としている。 当時、歩兵の戦 ... »
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1897年(明治30年)陸軍が採用した歩兵・工兵用の小銃。 口径6.5mm、長さ1.27m、重さ3.85㎏。 5発の弾を1セットとして装填する。 ドイ ... »
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1837年2月7日~1891年2月18日。 尊攘派公卿・政治家。 内大臣三条実方の四男。 1862年(文久2年)国事御用掛となり、攘夷決行を求める別勅 ... »
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有坂成章が設計して日露戦争の主力小銃となった三○式小銃に、南部麒次郎が日郎戦争の戦訓による改造を施した銃。 1906年(明治39年)制式化。 歩兵銃と ... »
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断髪・脱党を自由とした1871年(明治4年)8月9日の太政官布告。 丁髷(ちょんまげ)を落とす断髪の風習はすでに幕末期に留学生や洋式訓練をうけた諸藩兵 ... »
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統帥に関する職務・軍令事項を扱う陸海軍軍人。 大尉以上がつく。陸軍の場合、参謀本部条例では「高等統帥ノ職務ヲ補佐シ殊ニ国防及用兵ニ関スル職務ニ参画シ又 ... »
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陸軍の軍令統括機関の参謀本部の長官で、陸軍三官衙長官の一つ。 1878年(明治11年)以前は、兵部省参謀局、陸軍省第六局などの長として陸軍卿に従属。 ... »
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陸軍の軍令を管掌した機関。 1878年(明治11年)12月5日に陸軍省外局であった参謀局を廃止して設置。 78年7月、6年余のドイツ留学から帰った桂太 ... »
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1839-1900 落語家。江戸生れ。本名出渕次郎吉。 二代三遊亭円生の門人で小円太。 一時廃業後、1855年(安政2年)円朝と改め復帰し、真打となる ... »
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輜重車とは弾丸・食糧などを輸送する車のこと。 木造の荷車を野戦用として規格・型式を統一する必要があり、1903年(明治36年)、三六式輜重車の名称で採 ... »
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1903年(明治36年)に完成した戦艦用無線機。 1895年(明治28年)マルコーニが無線電信を発明し、3年後に実用化された。 日本海軍は逓信省の技師 ... »
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現役終了後も戦時の動員、平時の演習や点呼などの応召義務をもつ予備役・後備役などの兵役にある国民。 帝国在郷軍人会の町村分会に組織され、軍の指導・監督を ... »
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Ernest Mason Satow 1843-1929 イギリスの外交官。 日本研究の開拓者。 1861年日本勤務の通訳生としてイギリス外務省に入省 ... »
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