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めいじいしん【明治維新】
19世紀半ば、幕藩体制を打破し、西洋国際体系へ参加して近代国民国家を形成する契機となった政治社会の大変革。
「維新」という文字は幕末に使われた「一新」という後を「詩経」中の雅語でおき換えたもの。
期間については、起点を天保年間(1830年~40年代)、ペリー来航と開国(1853年・54年)、終点を廃藩置県(1871年)、西南戦争の終結(1877年)、立憲政治の実現(明治憲法の制定と帝国議会の開設、1889年・90年)などにおく諸見解がある。
明治維新の性格規定については、1.絶対主義の形成、2.ブルジョア革命、3.民族(国民)革命などの諸説がある。
とくに民族革命は、欧米先進列強により加えられた外圧(西欧の衝撃)への反応という側面を強調した見方である。
維新によって生じた構造的変化は、第一に中華帝国秩序の緑辺に孤立していた日本が西洋国際体系に参加し、開放体制に移行したこと、第二にそれまでの多元的な政体が王政復古と廃藩置県を通じて一元化され、さらに国民の公議参加への道が開かれたこと、第三に身分制が大幅に解体され、経済・社会の自由化が行われたこと、第四に古代以来の中華文明にかわって西洋文明が社会のモデルになったことであった。
変革の規模はこのように19世紀の世界の諸革命のなかで最大の部類に属したが、それにともなう人命の犠牲は比較的少なかった。
維新における対立・抗争が身分間の闘争とならなかったこと、強い対外危機意識が対立・抗争を抑制する機能をはたしたことなどが要因と考えられる。
また旧体制解体の過程で威力をふるった「復古」象徴は、廃藩置県による王政復古の完成後は「開化」象徴にその位置を譲り、欧化にともなう文化的摩擦も最小限にとどまった。
明治維新は西洋によるグローバルな国際社会の形成運動に対する、伝統と新来の西洋文明をともに動員した非西洋の組織的応答の一つの成功例と評される。
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