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ふくざわゆきち【福沢諭吉】
1834年12月12日~1901年2月3日
幕末~明治期の啓蒙思想家・教育者。
豊前国中津藩の大阪蔵屋敷で生まれ、幼児に中津に帰る。
長崎遊学、大阪の適々斎塾に学び、1858年(安政5年)江戸築地鉄砲洲の中津藩中屋敷内で蘭学塾を開く。
1860年幕府使節に随行し渡米。
翌年から一年間ヨーロッパを歴訪。
1864年(元治元年)幕臣・外国奉行翻訳方となる。
1866年(慶応2年)「西洋事情」刊行。
1868年(慶応4年=明治元年)塾を慶応義塾と改称。
「学問のすすめ」以降、啓蒙書をあいついで刊行、明六社でも活躍。
1874年から三田演説会を開き、都市の民権運動を主導。
1882年「時事新報」を創刊し、皇室論・女性論・アジア政略論を展開した。
教育者でもあった秋山好古にとって福沢諭吉は尊敬する人。そのため自分の子を慶応義塾に入れるほどであった。しかし、諭吉本人には会ったことはない。
【逸話】
明治維新前のころ、福沢諭吉がある夜、よんどころない理由で歩いていると、向こうから大男がやってきた。
<刺客は流行っている。この男はそうに違いない>
彼はそう思った。が、逃げれば追われるだろう。助けを求めると、かえって人は出て来ないものだ。
<ええい、かまうもんか、こちらから堂々と向ってやれ>
彼は道路の中央を、その男に立ち向かうように進んだ。と、その男も直進してくる。
<やむを得ない。居合で斬ろう>
すれちがった。その瞬間、福沢は逃げだした。追っても来ない。ふりかえると、その男も逃げていった。
