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あきやまさだ【秋山貞】
1827年(文政10年)11月14日~1905年(明治38年)6月19日
松山藩士山口正貞の二女として生まれる。
25歳の時に、秋山平五郎久敬に嫁ぐ。
貞は、 「親のいいつけだったらどこへでも行きますし、若い時の苦労はどんな苦労でも構いませんが、どうか老後だけは安楽に暮らしたいと思っています。」 と云う。
小柄ではあったが健やか、聡明であり柔順であり、姑が「お貞さん、もうおやすみ」というまでは、起きて裁縫をしたり、糸車を廻していた。
しかし、一方ではとても気丈であり、秋山真之が幼少の頃にいたずらをし、警官に検挙された時、「私も死にます。おまえもこれで胸を突いてお死に。」と短刀をつきつけて真之を叱った。
また、真之が連合艦隊参謀として出征する際には、「若し後顧の憂いがあり、家族のために、出征軍人としての覚悟が鈍るような恐れがあるならば、私にも充分の覚悟があります。」 と決別を兼ねた内容の手紙を送っている。
秋山好古が満州駐屯軍司令官時代、福島安正将軍が北満から帰って貞を挨拶旁訪ねる。
その時、福島将軍は、 「秋山さん御兄弟は、お二人ともどうして揃いも揃ってあんなに偉い方になられたのでしょう。 たぶんあなた方の御教育の力に依る事と思われますが、どういう御教育をなさったのですか。」と質問した。
ちょっと返答に困るような質問であったが、「私のような昔気質の人間ですから、ただ普通の事をしただけで、何も変った教育などはいたしませんでした。」 貞は事もなげに答えた。
1905年(明治38年)6月、千葉県習志野の秋山好古邸で逝去。(享年63歳)
