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てんしょういんあつひめ【天璋院篤姫】
1836-1883
13代将軍徳川家定の御台所。
幕末の大奥を取り仕きる。
鹿児島藩今和泉領主島津忠剛の女として生まれ、後に藩主島津斉彬の養女となる。
通称は篤姫、諱は敬子(すみこ)。
将軍の後継者問題で、紀州徳川家の慶福(後の家茂)を推す南紀派と一橋慶喜を推す一橋派が対立する中、近衛忠熙の養女として1856年(安政3年)12月家定の三番目の御台所(正室)となる。
この婚姻は、将軍後継者として一橋慶喜を擁立するための政略によるものである。
篤姫は島津家の家名と使命を背負って将軍に嫁ぐが、二年後の58年7月に家定が没し、23歳で未亡人となった篤姫は落飾して天璋院と号す。
初めのうちこそ政治的な意識を持って嫁いできたが、徳川家への思いが深まり、生家島津の意向に反し、一橋慶喜の将軍就任には否定的で、14代将軍には徳川家茂を推したという。
68年(明治元年)の戊辰戦争では、西郷隆盛率いる新政府軍に働きかけ、江戸城無血開場を実現する。
静寛院宮(和宮)らとともに徳川家存続に尽力した。
*篤姫は「坂の上の雲」には登場しません。明治に関連した人物として紹介しています。
