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あきやまさねゆき【秋山真之】
1868年3月20日~1918年2月4日
海軍軍人。
愛媛県出身。
1890年(明治23年)海軍兵学校卒(17期)。
日清戦争に砲艦筑紫の航海士として参加し、戦後アメリカに留学してマハン大佐の薫陶をうけ、米西戦争では観戦武官を務めた。
米・英駐在の三年間に海軍の戦略・戦術・戦務の三概念を具体化し、帰国後海軍大学校教官となり普及させた。
日露戦争では連合艦隊作戦参謀として出征。
バルチック艦隊が発見された時「敵艦見ユトノ警報ニ接シ連合艦隊ハ直チニ出動之ヲ撃滅セントス本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の電文を大本営に打電。
七段構えの三段からの攻撃計画を実行、さらに丁字戦法で敵艦隊を殲滅して勝利に貢献した。
秋津洲、音羽、橋立、出雲、伊吹艦長。
1914年(大正3年)海軍省軍務局長となり、16年軍令部出仕(欧米出張)、のち第2水雷戦隊司令官。
17年将官会議議員。
第一次大戦では艦隊の地中海派遣を推進した。
中将で没。
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